竜とそばかすの姫 細田守のメッセージとクリオネ(天使)の謎 感想・解説・考察・レビュー

アニメ映画

7月20日にIMAXで観てきた。
いい映画だったのに思ったよりも話題になっていなくて個人的にはちょっと残念です。『バケモノの子』『未来のミライ』と個人的にはイマイチなだけあって心配だったけど今回はアタリだった。後ろのカップルの男も泣いとったし!!
早速、諸々観て思ったことを書いていきます。

今回は紹介やオススメではなく観ている前提で考察中心に書いていくためネタバレ注意です。

アバンから序盤にかけて

アバンタイトルとサマーウォーズ

アバンの映像は映画の基本的な作り方として観客を引き込むことと作品の世界観の説明がなされることが一般的で本作もそれに倣っている。『サーマーウォーズ』のアバンと同じように始まり細田ファンなら喜ぶ演出をしつつベルを映像におけるピークの状態から登場させ本作における重要な役割を担うキャラクターであることを示しつつサーマーウォーズよりもテクノロジーの進んだ世界観であることが分かる。サマーウォーズの公開は2009年で本作は2021年と12年の歳月が流れサマーウォーズにおける画面を見る世界から画面の中に入るVRの世界観へとアップデートされている。冒頭でサマーウォーズを意識する同じ演出がなされていることから対比させる演出意図がみてとれる。本作のテーマであるコミュニケーションの困難さや伝えることの難しさなどサマーウォーズに登場する素直な主人公やヒロインとその家族たちとは違う物語であることを対比することで強調することができている。ファンを喜ばせつつ上手い演出だ。

鈴の登場と欠けたコップと前足のない犬

アバンの華々しい世界から山のふもとに住むそばかすの少女()に映像が切り替わる。この時点ではベルであることは明かされていないがベルからへとカメラが切り替わることとそばかすという事前に与えられたキーワードから鈴がベルであることが類推される。
何気なく欠けたコップと右前足(だったはず間違ってたらごめん)のない犬が登場する。これらは鈴が自分にコンプレックスが強く存在することや母親の喪失感の表現、またそうした不完全なものに対して愛情を注ぐタイプの人物像であることの象徴として示される。のちにに惹かれる動機付けでもある。また鈴自身もそうした自分を愛そうとしていることも作品を通して表現される。

学校における人間関係とUの世界と現実の世界

現実の世界では普通の女の子であること、好きな人()がいること、学校にはマドンナ(ルカ)がいること、母親が自分の制止を無視して他人の子供を助け死んでしまったことなどのちの伏線になる物語における重要なピースが次々と登場、説明され舞台が整えられていく。
母親が自分をおいて死んでいってしまったことが理解できないこと、母親との思い出である歌が現実では歌えないこと、母親の死を強く意識しなが生きている鈴の心情が終盤への展開に繋がっていく。
現実パートでは学校とと自宅くらいしか登場しない。これもまた母を強く意識していることを表現するため意図的に制限している。の上でスマホを見る場面や川に沿って走る電車の駅、河川敷など執拗なまでに川を背景として取り入れている。


Uは現実の生体情報や精神などがアバター(As)に反映されるが、ベルの容姿は鈴のコンプレックスと理想的な姿が投影される。作中でルカの「ベルにちょっと似ているといわれる」という発言からも鈴がルカの容姿に憧れ、それが反映されていることがうかがえる。理想と現実、そこに生じるコンプレックスや心の傷は本作を通して描かれる重要なテーマでもある。
また本作の特徴としてUの世界での出来事が現実に影響を与える構造でできている。サマーウォーズとは逆でありこれも12年の歳月のアップデートだといえる。2021年現在の観客相手にSNS(U)とリアル(現実)の物語を描く上で必要な要素だ。ネットから現実の世界へ進出するYoutuberや歌手などここ12年で顕著に増えた事象といえる。本作におけるヒロちゃん(鈴の親友)の声優である幾田りらもその一人といえる。

中盤 ー竜の登場とボーイミーツガールー

竜に惹かれるベル

ベルのコンサートに乱入し登場する(BEAST)。その際に背中にがあること嫌われものであること正体不明であることが説明される。竜を排除しようとジャスティンを中心とする自警団も登場し、Uの世界における舞台も整えられていく。
正体不明のを追う過程でUの利用者の理想と現実がみえてくる。ネット世界では自分自らを発信する際は理想の自分を投影する形で誇張され発信される。悪い部分は隠し、良い部分だけを表現し自己顕示欲を満たそうとする。その裏側を知るとき、流布された時に炎上という現象が起きる。竜という人物を追う過程でそうした火薬庫のようなものが見え隠れする。そして人は人の裏側を知りたいという強い欲求の存在が描かれる。ジャスティンの能力もまたそれを象徴する。
本作の登場人物の多くが秘密をもっており、それを知られたくないと思いつつ理解されたいと思っている。恋心やコンプレックスなどそうしたオモテとウラの感情がUの世界に渦巻いている。

竜( BEAST )の城

『美女と野獣』や『ハウルの動く城』もそうだが城そのものが城主のそのものをあらわす。竜の心は陰鬱で傷を負い苦しみに満ちているため、城内もまた陰鬱で薄暗い。その城をベルが見て回ることで竜という人物()を理解する。
もがき苦しみながらも傷を負った竜に惹かれるベル。現実世界のすずそのものが竜であり、自分自身を竜に重ね合わせ深く知りたいという欲求と思慕とが結びついてゆく。

中盤における最大の盛り上がりが竜とベルの心が通じ合いダンスを踊る上記の画像のシーンだが完全に『美女と野獣』+『ラ・ラ・ランド』である。私個人としては本作で一番残念なシーンでもある。せっかく細田作品をみにきているのに既存の有名な作品のパロディなのかオマージュなのかはしらないが、そんなものを今更見せられてもと思う。インタビューなどでも美女と野獣がやりたかったと語っているがここはエンターテイナーとして細田監督にはもっといいアイディアをひねり出してほしかった。あまりにもそのまんますぎるし本家よりもチープだからだ。ダンスシーンを真似るにしろ細田監督のエッセンスを加える形で映像を昇華させたものを観客に提供すべきだと思う。

ジャスティンの正体

ジャスティンは現代におけるSNS、ネットの炎上そのものといえる。正義を盾に暴力や脅しなどを行うことからも分かる通り、現在のネット世界の”いきすぎた正義”の象徴として描かれる。炎上者に対し炎上した事柄以外の容姿・経歴・年齢・性別・人格・活動・性癖なども悪口として書き込まれ徹底的に炎上させられる。悪いことをしたやつは手段を問わず断罪されるべきという現在のネット世界の憎悪のようなものがジャスティンを含む自警団を通して描かれる。

終盤 ーイニシエーションと母親ー

言葉の難しさと誤解

カミシンに鈴が「応援している」と伝えるとカミシンは鈴ちゃんてもしかして俺のこと好き?と勘違いする。これは一例ではあるが本作では思いを伝える難しさが随所に描かれる。現代のSNSもまた同じ性質を持っており、一歩間違えば炎上となって返ってくる。この恐怖をベル(インフルエンサー)は抱えることとなる。これもまたクライマックスへの伏線となる。

そばかすと竜の痣

竜の城が文字通りジャスティンらに炎上させられる。ベルは竜に寄り添おうと正体を突き止めるため奔走する。今まで集めた人物像からトモ君(ケイの弟)とケイ君(竜)にたどり着き、親から虐待を受けており母親がいない家庭であること、自分と同じ境遇であることを知る。痣は母親のいない家庭、暴力を振るう父親、トモ君を守れない自分自身のコンプレックスがAsとして反映されていた。そばかすもまた鈴がもつ母親への感情の象徴であり、観客(現代人)の誰しもが持つ傷そのものの象徴であることがわかる。人を分かろうとすること、理解しようとするためにはそうした領域に踏み込まなければならないことを知る。

鈴とケイ君

鈴は自分がベルであることと助けたいという気持ちをケイ君に伝えようとするが失敗する。ここでもまた気持ちを伝える難しさと誤解が描かれる。
そして鈴はUの世界で等身大の自分をさらけ出すことを決意する。相手に信頼してもらい、理解してもらうにはまず自分が先にすべてを相手にぶつける必要があると悟ったためだ。理想の自分で固められた姿形ではなく等身大の自分を出すことが相手との相互理解に必要という観客にむけた強いメッセージが感じられるシーンでもありクライマックスへとつながる。

アンベイルと母親

Uでジャスティンにアンベイルさせ等身大の自分をさらけだし歌いだす鈴(ベル)。そして理解する。今、自分の中で沸き起こっているモノの正体は他人に愛情を向けること、他人を救いたいと思うこと、それが正しい正義であること、それは紛れもない鈴の母親が行った行動であるということを。本当の意味で母親の行動を理解し、今の自分が当時の母親と同じ気持ちであることが重ねるようにして描かれる。映像的にも鈴の心情的にも最高潮を迎える独唱シーンでありクライマックスだ。

ケイ君のもとへ 父親との対峙

鈴の母親と同じくトモ君とケイ君を救うため東京へと向かう。
トモ君とケイ君のもとへたどりつき、抱きしめ、愛情を注ぐ。それは母親の気持ちがわかった鈴にしてあげられる最大限のことであり兄弟が最も欲していた母親の愛情そのものでもある。そして兄弟の父親が登場する。父親は鈴を殴ろうとするが恐れおののいて逃げてしまう。おそらく父親もまた愛情を注がれずに育ち傷を持った一人であり、3人目のそばかす(痣)を持った人物なのだろう。自分の子供への愛情の注ぎ方がわからず、暴力で支配しようとする父親。父親もまた母親(愛情)を求めていた一人であり、鈴を前にして愛情(母親像)そのものを殴るという行為に恐れが生じて腰を抜かして逃げてしまったのだろうと思う。このシーンこそが物語における最も強いメッセージが込められた場面だ。憎悪や暴力、炎上や嫉妬という醜い感情が渦巻く現代においてそれらを食い止める、連鎖を断ち切るには自分をさらけ出し相手を理解しようとすることと愛情をもちあわせることだという本作のすべてが描かれたシーンであり本作に張られた伏線へのアンサーでもあり観客へのメッセージだ。

感想

冒頭にも書いたがイマイチこの作品話題になってない。なんでやねん。中盤のダンスシーンを除けば個人的には素晴らしい作品だったし人に薦めたいと思う作品。現代に刺さるテーマを持った物語なのになんでなんや!!!制作期間が3年ということを考えれば今作のテーマは2、3年前くらいに考えられたことになる。つまりそれが2021年の今、突き刺さるテーマ性をもっているってことは3年前と変わっていないかもっと酷くなっているといえる。東京オリンピック関連の炎上もそうだしYoutuberや芸能人の炎上も後を絶たない。炎上の燃え上がり方も年々ひどくなっているようにも感じる。このご時世にこの映画が公開される意味はあったと思うし多くの人にも観てほしいともお思えた。多くの人が関心を示さないのは残念である。前作、前々作とイマイチだったからかなー?残念。 この記事読んでくれた方はどう思われましたか?よかったら感想コメント書いてってください。

クリオネ(天使)の正体

書くタイミングなかったのと書くほどでもないかなと思ったけど一応。説明されるシーンないからわかりにくいけどトモ君だよね。ベルを最初にフォローした人物でもあり伏線でもあったわけだ。だから竜の近くにもいたし竜の痣が増えるシーンの近くで横たわっていた。おそらくトモ君かケイ君が暴力を受けていたのだろう。ベルを竜のもとへと導き竜の正体の発見のきっかけを与えたのもトモ君のYoutube配信だ。この物語の重要な立役者だったことが見終わったあとにわかるようになってる。

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